ファイア・ワークス・カウントダウン

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遊園地の夜空に花火が打ち上げられた。たくさんのカップルが僕らと同じように空を見上げている。そして、それぞれ別々の時間にいる。一発目が綺麗に星空に咲いたあと、時間が次の年にかわった。僕はチラリと君の方を見たけど、君は瞳に花火を映したままだった。君との関係は、残念ながら恋人という関係ではない。このロマンチックなカウントダウンに誘ったのはもちろん僕の方からだった。君は嫌な顔ひとつしなかった。いつもそうだ。君は僕があげたマフラーを首にグルグル巻きにして、ムックのような大きな赤い手袋をして、真っすぐに花火が咲いては散るのを見つめていた。冷たい風が瞳を潤わせて、君を見ていた僕はなんだか切ない気持ちになっていた。


君と知り合ったのは予備校の自習室で、僕のミッキーマウスの白いパーカーを茶化したのが最初の一言だった。一度、君は二人きりの自習室で僕に身を寄せてきたことがあった。その時の僕には彼女がいた。暖房が少し効き過ぎていた。


アタシ、彼氏を元の彼女に返してあげることにしたんだ。なんか、アタシが奪っちゃったカタチみたいになっちゃってるから。


僕は、何だか分からなくなって、君に身体を思い切り寄せたら、「アツいね」と身を引かれた。ますます、訳が分からなくなった僕は作り笑うのが精一杯だった。外は街灯までも何もかも縮み切ってしまうような季節だった。コンビニのカレーパンのクリスピーが美味しかった、高校二年生の十二月のことだった。


君は一つ歳上で背は僕の肩よりもずっと下にあって、小学校の時に好きだった子に少し似ていた。一足先に大学生になった報告を、参考書を目に焼き付かせている僕に冗談で伝えに来た時は真剣に手を挙げそうになった。


それから、僕も遅ればせながら第三志望校に滑り込んだ。その春の夕刻に、電車の中でばったり君に出会った。綺麗なウェーブの髪をした君はお嬢様学校に凄く似合っていそうだった。チャラさは相変わらずで、得意そうに君は笑顔を浮かべて近づいて来た。


すごい久しぶりダネ。一年ぶりくらいかナー。何か痩せたぁ?アタシ、大学も二年目でしょ。なんかヒマしちゃってさぁ。ちょっと付き合わない?


僕らは次の駅で下車して、近くのミスター・ドーナツに入った。君はメニューに目をやることなく、ハニーチェロとアメリカン・コーヒーを頼むと、斜め下からこちらを振り向いた。僕は、ドーナツひとつひとつの名前を頭の中で発音することにいっぱいいっぱいで、上手く笑顔を返すことができなかった。結局、君と同じものを頼み、席に着く。店内は奥に細長い造りになっていて、七、八人程の人が座っていた。窮屈で空いてる席にたどり着くまでに、何度も「すみません」を言った。いかにして窮屈感を高めるかを試行錯誤したような店内だった。僕は全く落ち着きが無かった。


実はサ、アタシ、今日誕生日なのよ。なんか出来すぎた話ヨネ〜^^アナタに出会わなかったら、一人、夜に淋しいウサギちゃんみたいに死んじゃってたかもネ。ウサギちゃんて寂し過ぎると死んじゃうって、ねぇ、聞いてる??


少し馬鹿馬鹿しくなってきていた。正直、一人の部屋に逃げ込みたいくらいだった。結局、その日は、それ以上どんな話しをしたのか思い出せない。四十分程で、コーヒーを三杯お代わりして、君の最寄り駅のフォームで、バイバイと手を振って君は帰って行った。何をやっているんだろう。少し涙が出た。


温かいが暑いに変わって、ピークを越えたくらいの頃に、それは僕のところに訪れた。


残暑お見舞い申し上げマス。今度、おねぇサンがおごったげるから、ご飯でも食べにいかナイ??連絡まってまーす。090-XXXX-XXXX ^^; ☆PS.☆なんで住所知ってるかって??予備校の事務室で教えてもらったノ。事務のおねぇサンとアタシ仲良かったから、すぐ教えてくれたYO。(爆)


三日考えた後、僕は君に電話をした。傷付きたくはなかったけど、なぜか電話をしてしまった。それから、月一くらいで僕らは会うようになり、僕は君を好きになってしまった。傷付くことになれることはないけれど、僕の気持ちと、君の気持ちを二人で共有できたら、どれだけ嬉しいだろうか。


思いを伝える勇気は、寒さで震えている。僕は君を見ている。君は空を見ている。君が今振り返った。