ナチュラルテイスト

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ここは、とてもとても大きなレストランで、毎日世界中から大勢のお客さんがやってくる。


いろんな国のいろんな料理を食べさせてくれる。でも、ここのシェフは本当に気まぐれ者のようで、メニューというものを置いていない。はじめてその店に入ったときは凄く戸惑った。大きな声で店員をいくら呼んでも返事がない。しばらくして、こちらの希望を一切聞かず、料理が運ばれてきたのだった。


味は悪くなかった。でも、それは総合評価という意味でだった。一品一品、異種混在で味にばらつきがあった。子供の頃には口にしたことがないようなものばかりで、中には舌がとろけそうで、涙が出てきて、笑顔が零れてしまう一品もあった。それとは反面、苦虫を凝縮して作ったようなスープが出てきたときがあった。一口食べて突き返そうかと思った。次の料理はとびきりの美味かも知れない、そう我慢して鼻をつまんで飲み込んだ。でも、次の料理はお世話にも美味しいとは言えなかった。それがその日の最後の一品だった。そして、とぼとぼと家に帰ったのだった。


次の日、レストランに行こうか行くまいか迷った。なぜかというと、今日も苦虫のスープだったらどうしようと思ったからだ。でも足がレストランに向かっていた。テーブルに着く、いつも通りメニューはない。そして目の前に置かれたシェフ任せの一品目を口に運ぶ、舌がしびれた。酸っぱさの奥にある、もやしの芽のような甘さが、癖になりそうだった。ふと、次の品に目をやった。なんとお皿の上でウニョウニョと動いていた。赤茶色の突起が幾つもあって、先の方は緑色をしていた。


周りを見渡した。人によって出される料理が違うようだった。隣のテーブルは、見るからに美味しそうな生春巻が置かれていた。僕のはというと、皿の上で、まだウニョウニョと動めいていた。後ろを振り返る。ドライカレーの至福の匂いがした。


どのテーブルも一人しか着いていなかった。もっと得体の知れないもの……あれはどう見ても砂浜に忘れられたサンダルにしか見えない。うっすら浜砂がついている。それを出された人は目を大きく見開いていた。


僕は、自分の方がマシなんだろうと思い込んだ。そして、食べられる種類の芋虫だろうと自分で自分に思い込ませた。臭いを嗅いでみると、甘くて良い臭いがした。そう思い込んで、自分を盛り上げた。そしてフォークを刺す、紫色の液体がシャツに飛び散った。口に運ぶ。噛む度に口の中で飛び散って広がっていった。


見た目とか、想像とか、ウニョウニョ感とか、今までの経験からの総合判断とか、全てに反して美味かった。あっという間に食べ切って、後味が名残惜しかいくらいだ。シャツに飛び散ったそれは乾くと透明になって見えなくなった。


「ガチャン」と音がしたので、振り返った。席に着いているみんなが、同じ顔で同じ方向を見ていた。あの【サンダルの男】が厨房に走り込んだところだった。我慢しきれなかったのだろう。どうにもならないことだと分かり切っているのに、どうしようもないくらい追い込まれてしまったのだろう。もしかしたら何か確信があったのかも知れない。


しばらくすると、何もなかったかのように、「カチャカチャ」とナイフとフォークがお皿を鳴らす音が聞こえてきた。みんな自分のことで一杯一杯だったのだ。僕も無論、その大勢の中の一人だった。いつのまにか、サンダル男のテーブルは片付けられていた。僕は目を閉じて次の品を待っていた。


あの厨房の奥に、気まぐれなシェフがいて、今も大忙しに料理を作っているのだろう。