無題1

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真夜中の工事現場のガードレールの点滅がただ、点滅しているだけなのに、右に流れていると思い込んでいたのと同じ様な思い込みだったかも知れない。 そんな僕を金木犀の匂いを含んだ風が包む。涼しいが寒いに変わろうとするこの頃は、いつも小学六年生の今ごろを思い出す。


あの頃は、今とは違って、毎朝早く学校に着いていた。その頃は、ストーキングなんて言葉はなかったけど、もしかしたら、それまがいな行動だったのかも知れない。毎朝、廊下から校庭の端にある校門を眺めていた。今だったら、目が悪くなっていてそんなことは出来ないけれど。


煙草の誤飲が赤ちゃんの誤飲事故の中で一番多い。1歳半くらいの立ち歩きができるころにその事故は多い。煙に比べて、生の煙草はニコチンの量が100倍で急性ニコチン中毒で死に至るらしい。そんな時は、指を突っ込んで舌の奥を押さえるといい。苦しい顔して、咳き込んで、涙して、君の昔の笑顔【写真の中】を思い出していた。


テレビで下手な歌を歌い、ダンスを上手くこなす中性的な中学生がスポットを浴びながら黄色い声援を浴びている。数年前、10年近く経っているけど、なんとかキッズがドラマやバラエティーで持て囃されていた。今は、そこまで完成度の高くないバラエティーに出ている。


僕は大勢の校門をくぐるたくさんの児童の中から君を見つけるのが得意だった。


君を好きなことあの子にはばれていた。君は卒業と同時に遠くの街にいくことが決まっていた。小学校から家まで道の途中に君のおばあちゃんの工場(こうば)があった。換気扇が3つも回っている錆びたブリキのドアが開いていて中に君をみたことがある。丁度その前が公園になっていたけど、僕は小さい頃から体を動かすのが苦手で、公園のジャングルジムから君の姿を見たことは一度もない。公園は僕の場所じゃなかった。


僕が公園にいることは、阪神タイガースの半被を着てトランクにジャイアンツのステッカーを貼って大阪観光をしている程の不釣合いに見えたかもしれない。でも、全然違うかも知れない。関西生まれ、関西育ちの関西弁のペラペラがトラがらに全く興味がなかった。もし、興味があるなら、公園に少しはバットと似合ったと思う。公園に似合っていたら、バットとボールにも興味が出たかも知れない。


ある時、君と席が隣同士になったことがあった。席替えが何ヶ月に1回あったかは覚えてないけど。担任の先生は、席替えの日を予告した。その日は、いつもに増して早く教室に着いた。一人きりで、何故かそんな時は、始業式から日が経っているのに、床にひいた油の臭いがこもって僕を包む。塗料の剥がれたすべりの悪い窓を無理に開けるとカーテンが灰色の空からの風でなびき始めた。今もあるのか知れないけど、小学何年生とかいう雑誌のざらしの1ページにシャーペンのシンを好きな子の机の中に忍ばせたら、隣の机に座れる…。みたいな。


最近は、仕事で人が住めそうな大きな冷蔵庫程のサーバというコンピュータの吐き出すログばかり見つめている。学生の時、ネットの上を彷徨っていると、漢字の密度でモナリザを描いたアスキーアートを目にしたことがある。そんな感じで、今はログのアルファベットの羅列の濃淡が君の昔の笑顔【写真の中】に見えた。目の奥が痛い。


君と給食当番を一緒にしたかった。小さなおかず係りをおやつ・マーガリンと言っていたが、君は大きな声で思わず、マーガレットと言ってしまってみんなが笑った。君は赤い顔をして恥ずかしそうにしていた。僕は君を守るようにして、無表情で笑わないでいた。笑えなかった。


2つのロープエーが緑の山々にまたがった細いロープの上で、すれ違うように、君の姿を確認しながら、制限時間付きの時間を山に近づくたびに震えていた。


気が付くと君が隣に座っていた。僕は幸運の持ち主だった。クラスには決まって、ガキ大将みたいな奴がいて、そいつのそばに、2番手みたいにスネ男みたいなやつがいた。君がふいに指でピストルを創って撃つ真似をした。ばきゅん。僕は身体的コンプレックスの塊でいつも「バカ」ができなかった。君のばきゅんに、反応できずにうすら笑いを浮かべるのがやっとだった。そんな僕に、君は不満そうな顔をして、隣の列のあいつにピストルを向けた。ばきゅん。そいつは、見事な位に大げさに撃たれた真似をした。君は満足して笑っていた。ははは。僕は道化になれなかった。


音楽会は、今みたいな秋の日にあった。ソプラノリコーダーのかすれた音と、甲高い音が混じりながら、君はピアノを弾いていた。指揮者の先生をみながら、君のことをちらちらと見ていた。音楽会の練習は1ヶ月以上続く、1年の12分の1が音楽会だった。君は学年全体の練習のときに、大きな失敗をした。腕が振るえて、鍵盤の音々が止み、先生が困った顔をした。その日の練習は、伴奏なしに行われた。外は、木枯らしが吹いていた。教室に帰ってからは、君は机に伏せて泣いていた。その日の終わりの会は君は顔を上げなかった。起立礼の後も机に伏せたまま、僕は少し振り返ってから教室を出た。何人もの女の子が君の周りに集まっていた。道化達が指を指して笑う、僕は道化になりきれず振り返らなかった。次の日も、教室に1番に入ると、となりの君の席が涙で濡れていた。机の半分くらいに茶色が濃いくなっていて、端はうっすらと、白くなっている。涙も乾けば塩になるんだな。なぜか、そんなことを考えている自分がいて、気が付けば指先にその湿りを付けて、口にしていた。君の涙の味…。何人かの道化が入ってきた。指を指して笑う。何人かの女の子が廊下から雑巾を持ってきて拭いていた。僕は笑うでもなく、そばに寄るでもなく、窓際でそれを見ていた。そんな小さなことも思いつかない…。後々の大きな後悔の1つになった。


授業中に君のノートをふと見たことがある。君はノートにある奴の名前を書いては、消していた。好きなんだろうな。君の好きな人をそういう形でしってしまった。君に一度、手紙を書いたことがある。言葉にならない言葉達、涙に濡れて涙で綴った手紙。そんな手紙を書けるはずもなく、涙どころではなく喉の奥まで枯れていた。台所の食塩を水に溶かし、便箋に垂らすようすを想像した。できない。そんなことはできずに、便箋も買えずにいた。逆剥けが痛い。涙が出た、だけど君に対する涙じゃなかった。君に対する思いをただの思い込みと決め始めていた。夢にまで見た君の笑顔【記憶の中】。もう泣かない。指を喉の置くまで押し込んで、何度何度も嘔吐した。君のことを避けるような態度をとっていた。そんな自分が嫌いで。君のことを避けていた。ささやかな、逆走と抵抗。あの子に僕の心と、柔突起と、その中の毛細血管まで見抜かれていた。**君、**ちゃんのことあきらめたん?**ちゃん、**君のこと好きやったのに…。嘘に決まっている、顔中に集まる血液と、分子の熱運動の波が押し寄せていった。


電磁石のコイルを原動力とした車を作っていた。理科の授業は、僕の大舞台だった。周りを取り囲む、みんなの電磁石のコイルを1ずつ丁寧に直していた。一目見ただけで、どこが原因で動かないかが分かってしまう。自分の心と、君の心。そんな、誰にも分からないものを、王水に溶かしてみたらどうなっていただろう。分子間力と、斥力と、どちらが力強かっただろう。もしかしたら、電流が流れたかもしれない、その力でおもちゃの車を走らされたかも知れない。 君の車を手際よく直すと、乱暴に言葉も無く突きつけた。白い息と、湿った手袋が似合う季節、卒業式はもうそこまで来ていた。


時々、アルバムを開いてみることがある。君とは、一度、2年生の時に同じクラスになったことがある。卒業後に気付いたことだけど。君は家族の都合で、桜が丘に似合いそうな名前の街に越していった。アルバムの中の君は笑っていた。ミンキーモモみたいに笑ってた。黄泉の国の蜜を見つけたときみたいな笑顔をしていた。十何年もしても、忘れられずに、君の名前をgoogle検索してしまう。君に合わせる顔は今の僕にはない。